ミュージック・ホールの『テンペスト』

 9月7日(水)引き続き、セネイト・ハウスのライブラリー。夏期期間ということで午後6時で閉館となるのだが、午後5時半にその旨の場内アナウンスがあったあと、急に閲覧室を巡回する職員が増えてくる(こんなに職員がいたのかと驚くほど)。6時前に極力早く帰ってもらいたいという気持ちがまる見えでおかしい。ぎりぎりまでねばる手もあるが、気持ちを察して10分前に退出する。

 夕刻、タワー・ヒル近くのミュージック・ホールのウィルトンズ(Wilton's)にて、公演The Isle is Full of Noises: The Tempest Puppet Music Showを見る。

ウィルトンズは1858年建造で現存するものとしては世界最古の「グランド・ミュージック・ホール」だという。ヴィクトリア朝のミュージック・ホールのスターたちがここで「シャンペイン・チャーリー」だとかアーサー・ロイドの唄などを演じた。一説では、イギリス初のカンカン踊りはこの舞台で行われたのだという。近年このホールの保全の努力がなされており、朗読会や演奏会など、いろいろイヴェントで積極的に生かされている。
 当日の公演は、シェイクスピアの『テンペスト』の翻案で、「テンペスト人形劇音楽ショー」と副題にあるように、人形劇と唄を組み合わせたパフォーマンス。客席は満席で200人ほどか。出演者は2人だけで、主演のフィリップ・プレスマンは人形と自分の顔を半ば腹話術的に使い分けてプロスペロー、ミランダ、ファーディナンド、キャリバンなど主要人物を演じ、音楽担当のニック(ニコラス)・マッカーシーフランツ・フェルディナンドのメンバー)がさまざまな楽器(ウッドベースエレキベース、生ギター、エレキギター、キーボード、ピアノ、縦笛など)と歌でからみ、しばしばエアリアルなどの演技もこなす。「たっぷり五尋の海の底」ほか、原作に多く含まれる劇中歌にもすべてニックによるオリジナルの曲が付いていて、またパワーポイントスライドを手際よく使い(ブレヒト風のスライド字幕の応用編といえる)、非常にセンスのよい演出はカルマ・ストロインという女性による。いずれも若手(おそらくみな30歳代か)で、シェイクスピアの古典を用いての意欲的な実験劇だが(メジャーのニック・マッカーシーがこういう世界に挑戦するのは見上げたものだ)、ミュージック・ホールという場にふさわしく、エンターテイメントとしても十分に楽しめた。公演は3日限りのもので、こういうレアなイヴェントを教えてくれたロンドン大のSさんに感謝。