講演会のお知らせ

 

日本比較文学会東京支部3月例会

日時:2019316日(土)14時~  

場所:早稲田大学 文学学術院(戸山キャンパス)33号館16階 第10会議室

講師:川端康雄(日本女子大学

司会:庄子ひとみ(順天堂大学

※一般の方もご自由に参加できます。参加費無料、予約不要。

 

(発表要旨)

小野二郎ウィリアム・モリス研究

 

小野二郎1929-82年)は1955年に東京大学教養学部教養学科イギリス分科を卒業後、同大学院人文科学研究科比較文学比較文化修士課程に進学、島田謹二を指導教授として19583月に修士課程修了、同年4月に弘文堂に入社し出版編集者となった。1960年に中村勝哉晶文社を設立、同年に東海大学の専任教員となって出版社員と大学教員を兼務することとなり、1963年に教員としての所属が明治大学に代わって以後もそれが終生つづく。

小野のライフワークはウィリアム・モリス研究であった。モリスを単独で扱った論考は中公新書版の『ウィリアム・モリス――ラディカル・デザインの思想』(1973年)を嚆矢とするが、晶文社から出した初期の評論集『ユートピアの論理』(1969年)と『運動としてのユートピア』(1973年)も頻繁にモリスに言及しているのみならず、同時代の政治・社会・文化の批評のため常時モリスを参照枠としていたことは、後者のあとがきで「これら〔の評論〕はいわばすべてウィリアム・モリス勉強の副産物であるが、むしろモリスを問題にする意味を絶えず問い直すための作業ともいえるかもしれぬ。今日のわれわれの問題のひとつひとつをモリスだったらどう考えるかを考えるというのが、自然な私の習慣になっていたからである」という一文からもうかがえる。

1973年初夏から1年間在外研究でロンドンを拠点としてモリスとその追随者たちの装飾芸術作品についての本格的な実地調査をおこない、帰国後にその成果を発表、それが『装飾芸術――ウィリアム・モリスとその周辺』(青土社1979年)に結実する。さらに、装飾芸術史こそ民衆の歴史とみなすモリスの立脚点をさらにイギリス民衆の生活史の枠に押し広げて、食文化からヴィクトリア朝の絵本、ミュージックホールまでさまざまな文化事象を論じた成果が『紅茶を受皿で――イギリス民衆文化覚書』(晶文社1981年)で、これはその後に興隆するイギリス生活社会史の先駆的な仕事であった。さらにケルムスコット・プレスを中心としたタイポグラフィ論(「書物の宇宙」)を連載し、モリス研究をさらに展開していこうとした矢先に、1982年に52歳の若さで急逝した。

小野の没後、この30有余年にモリス研究はデザイン、文学、社会主義運動、環境保護運動など、さまざまな分野で大いに進捗した。それらをふまえていま見直すと、小野のモリス論のなかには細部において修正すべき点もあることは否めない。とはいえ、現在と比べてモリスへの一般的な関心があまりなかった時代にこの思想家に注目し、装飾芸術史と社会主義運動史の両面からその仕事を総合的に捉えようとした試みは貴重であり、本質的に小野の論考はいまもまったく価値が薄れていない。2019年春には彼の仕事の今日的意義を探る回顧展「ある編集者のユートピア」も予定されている

小野が駆使した装飾デザインの分析法は、学生時代に比較文学のゼミで島田謹二から仕込まれたexplication de texteの独特な変奏であったように思われる。そのような手法を駆使してのモリス・デザインの分析をとおして「社会主義の感覚的基礎」をラディカルに語った「自然への冠――ウィリアム・モリスにとっての「装飾芸術」」(1975年)等の一連の論文は小野のモリス研究の最高の到達点を示す。

以上述べた諸点を具体的に見て小野二郎ウィリアム・モリス研究を再検討・再評価すること、それが本講演の目的となる。