『動物農場』・冷戦・アニメ
ランカスターは今日も天気が悪い。それに寒い。
前のエントリーで「明日が締め切りの原稿」と書いたが、完成稿をまだ提出しておらず。400字詰め原稿用紙にすると20枚以内の注文なのだが、あれもこれもと書いているうちに30枚に達してしまった。編集担当者と相談のうえ、(とりあえず「落とす」心配はなくなったし)少し猶予をいただいたので、ちょっと寝かした上で筆削(主に削るほうだが)の作業に当たることにする。後の仕事がつかえているので、このようにずるずる引きずってはいけないということは重々わかってはいるものの。
新たにエッセイを書き始めるとき、最初はたいていまず「私が書くに値することは何にもないような気がする」というトホホ状態があって、締切が迫ったので「ともかく何でもいいから書いちゃおう」という緊急ブレインストーミング段階があって、それからようやく書くべきことについて焦点が結ばれてくる(われながら「いまごろ遅いよ」という感じ)、並行して関連文献を見るのだが、こういう緊急時がいちばん効果的に本が読める(これも「いまごろ遅いよ」だが)。このプロセスがもうちょっと早めにできたらいいのだが、そうならない、きっと一生直らないのだろう。
今回の原稿は仮題を「冷戦下の『動物農場』」としてある。ジョン・ハラス&ジョイ・バチュラーによる1954年の長編カラーアニメ映画の製作の経緯を問題にした。今年の12月にこれがジブリ美術館によって劇場公開されることになった。ビデオ版がだいぶ以前に出ていて、私も持っているが、日本での劇場公開は初めてだとのこと(HPはここ)。たまたまそのニュースが本日付の新聞記事に出ている。私の原稿はこの劇場公開と関わっている。
冷戦初期における『動物農場』のアニメ化の「裏事情」を扱ったにものとしては、この10年ほどの間にいくつか研究書が出ている。まずはこれか。
Who Paid The Piper?: The CIA And The Cultural Cold War
- 作者: Frances Stonor Saunders
- 出版社/メーカー: Granta Books
- 発売日: 2000/04/04
- メディア: ペーパーバック
- 購入: 2人 クリック: 2回
- この商品を含むブログ (1件) を見る
The Cultural Cold War: The CIA and the World of Arts and Letters
- 作者: Frances Stonor Saunders
- 出版社/メーカー: New Pr
- 発売日: 2001/04
- メディア: ペーパーバック
- 購入: 1人 クリック: 1回
- この商品を含むブログ (2件) を見る
上記ふたつはおなじ著者によるもの・・・というか、前者がイギリス版で後者がアメリカ版、中身は同一。間違えて両方買わないように(私みたいに)
British Cinema and the Cold War: The State, Propaganda and Consensus (Cinema and Society)
- 作者: Tony Shaw
- 出版社/メーカー: Tauris Academic Studies
- 発売日: 2001/02/03
- メディア: ハードカバー
- クリック: 3回
- この商品を含むブログ (2件) を見る
Orwell Subverted: The CIA and the Filming of Animal Farm
- 作者: Daniel J. Leab,Peter Davison
- 出版社/メーカー: Pennsylvania State Univ Pr
- 発売日: 2007/02/28
- メディア: ハードカバー
- クリック: 3回
- この商品を含むブログ (1件) を見る
逆に、上記ふたつは表紙がおなじだが別の本。今回の原稿では、特に後者の本が有用だった。製作者ド・ロシュモントの関連文書を発掘して先行研究に見られた憶測と誤解の多くを正してくれている。ハラス&バチュラーの映画制作に介入して細かく「修正意見」を出しつづけた「投資者」たちの実態を明らかにしたこの本の意義は大きい。リーブによるド・ロシュモント文書の発見は冷戦関連の別の調べ物をしている最中にたまたまのことだったらしいが、「おいしい」資料に出会ったものだ。論の運びも概ねよい。オーウェルの文学テクストそのものへの読みがとおりいっぺんで凡庸であるのが難点(オーウェル研究の重鎮デイヴィソンはForewordを書いているのみ。はてなの商品紹介、これだと共著に見えてしまうので具合が悪い)。
原稿で書いたことへの言及はここでは控えておくが、ひとつだけ、ソーニア・オーウェル(オーウェルの死の3か月前に結婚し、彼の没後に著作権を相続)から映画化権を得るのに、彼女がファンだったクラーク・ゲイブルに会わせるからという話で釣ったという関係者の証言ある。これはウォーターゲート事件に連座したもとCIA諜報員ハワード・ハントのネタで、ソーンダーズなどもこれを疑うことなく繰り返しているが、リーブはこれを与太話だとしている。ソーニアならいかにもありうる、というイメージがけっこうあるので、これがまかりとおったらしい。
冷戦下のCIAによる「心理戦」(「サイウォー(psywar)」という語の初出はアニメ版『動物農場』の公開とおなじ1954年)の一作戦としてのマスメディア利用については、まだいろいろ解明されるべきことがあるようだ。