サッカー場にて

 身内が一人、少し前からこちらに来ていて、暇なので3月半ばまで滞在する予定。誰に似たか、サッカーが好きなので、プレミア(リーグ)に連れて行けと所望する。それで、土曜日の午後、ボールトンまで車をとばし(ランカスターから50分ほど)、リーボック競技場へ。プレミアの公式戦ボールトン・ウォンダラーズ対トッテナム・ホットスパーを観戦。プレミアの20チームのうちで、両チームはトッテナム13位、ボールトン14位と低迷していて、降格のおそれがあるポジション。
 観衆は2万ちょっと。すべての観客席が屋根つきで、フィールドとの距離も近く、ゲームを見る快適さがよく考慮されている。リーボックが特別でなく、各地にこうしたサッカー場が整備されているというのがうらやましいところ。
写真は前半31分、ボールトンがフリーキックからピュイグレニエのヘッドで先制する直前。

 その後、ボールトンは後半19分にケヴィン・デイヴィスが追加点をあげて2−0としたのだが、28分、30分と右サイドを破られて(途中出場のベントの2得点で)追いつかれ、ホームのファンをしばらく落胆させたものの、43分にコーナーキックからデイヴィスがヘッドで競り勝って決勝点をあげて逃げ切った。どたばたした試合だったがまずまずおもしろかった。
 私たちの座った席はメインスタンドの南側で、右手目の前の南側バックスタンド席は1階2階とも大半がアウェイ席で、スパーズのサポーターで埋まっていた。近いためもあろうが、応援の声がボールトン以上に大きく聞こえる。同点に追いついたときなど、ものすごかった。それが再度引き離されてポイントを取れずに試合終了となったときはしゅんとなって、逆に前に座っていた中学生ぐらいの少年3人が、勝ち誇って、また夢中になって、アウェイ席の観客にむかってさかんになにか罵倒の言葉を吐いている。

 うーむ、こいつら、こんなことで憂さを晴らして、だいぶたまっているなあ、という印象。しかし、この少年たちだけでなく、大人も含め、わざわざアウェイ席にぎりぎり近づいて(通路で明確に仕切られて、出入り口も異なり、行き来できないようになっているが)さかんに挑発しているのが数十人いる。ロスタイムが4分あったが、試合終了の笛が鳴る前から、彼らはすでにフィールドのほうはそっちのけで、アウェイ席の方向に体と意識がむいている。
 スパーズは1882年創設のロンドンのクラブチーム(ウォンダラーズは1874年)。本拠地がロンドン北部という土地柄もあり、歴史的にサポーター層はユダヤ系が多い。そして彼らは(ユダヤ系もそうでないのも、スパーズのサポーターをひっくるめて)みずから「イッズYids」というニックネームを採用して、応援でこれを(誇りをこめて)連呼するのが伝統となっている。この語は、もともとは(というかいまでも)「ユダヤ人」の蔑称なのだが、それをあえて応援に採用しているわけだ。これは例えていえば(クラブチームではないが)、日本代表を応援するのに、「おお、われらがジャップ!」と連呼するようなもの。

   "De, de, der, der, Yids! De, de, der, der, Yids!"
  「われらイッズ、おおイッズ!」

 地響きがするほどの、野太い、迫力のある声援。
 もちろん、この語を他者が彼らに投げつけるときは、いまだに、「誇り」もなにもない、差別語となるわけだ。試合終了間近になって、ゴール裏では警備の人員がアウェイ席を前に増員されていて、やけに物々しいなという印象をもったのだが、なるほど、衝突はいつでも起きうる。競技場外では、騎馬の警官が何人か待機している。
 プレミアはシーズンのおよそ3分の2を消化して、マンチェスター・ユナイティッドが首位をキープし、ボールトンは12位、トッテナムは14位となった。